中国産トキ二世誕生記念シンポジウム
トキと人の未来を語ろう

主催:新潟県  (財)日本鳥類保護連盟  新潟日報社
1999年7月20日新潟市 ホテルイタリア軒にて

中国から送られたトキ「友友」「洋洋」から
「優優」が誕生したのを記念して行われました。
シンポのパンフ表紙
シンポジウムのパンフレット
プログラム
シンポジウムのプログラム
   ついに「優優」誕生(1999.5.21)
      (トキ保護センターより頂きました)
  立ち会った5人で感動の握手を交わした。
  (左より:近辻センター長、金子獣医、
       水田はなか、席咏梅主任)

水田、席咏梅主任、佐渡トキ保護会会長
佐藤春雄先生と(中国洋県にて)
遠くに見える山がトキのねぐら






新潟市の山田とよさんより
郵送にていただきました。
ご連絡先が書いていなかったので
お礼ができませんでした。
この場を借りてお礼申し上げます。

  (左上、上:平山新潟県知事、席咏梅さんと水田)
  (左    :シンポジウム会場の様子)

席さんのプロフィール

「トキの明日、それは夢ではない」

                        陜西省洋県トキ保護観察センター
                                         席 咏 梅

                             1999・7・20シンポジウム(水田はなか 通訳)

 1988年、私が大学を卒業する年、当時の先生である二人の教授の
薦めで、トキの生息地である洋県の陜西省トキ保護観察センターに
赴任し、トキの保護活動業務に就き、仕事をはじめました。当時の
洋県には未だ人工飼育のトキは居りませんでした。
 私が始めて野生のトキを観察したのは、丁度空にはばたく9羽の
トキでした。それがすなわち当時洋県に生息していた、たった
9羽のトキだったのです。私の頭の中はその神秘さであふれた
ものです。その頃、陜西省トキ保護観察センタ‐と陜西省動物
研究所は丁度ともに「トキの生態」について集中研究を進めて
いる最中だったので、私もこの研究に参加しました。
トキの浮遊期及び越冬期にわれわれは共に山を越え谷を越え、
相当量の現地調査を進めた。そして繁殖期には毎日野生トキの
観察状況やネグラの様子や営み、雛の孵化や餌を与える情況な
どを注意深く記録に残した。5日毎に私達はトキの巣から雛を
取りだし素早くその体重や各部分を測定し、出来るだけ早く巣
に戻す行為をくりかえしやりました。
 また、日本の山階鳥類研究所の指導と協力を得て、幼鳥に彩色
の足輪を取り付けました。農閑期には農家の人々と身近に接して
は、いかにトキに悪影響を与えない作業の仕方で正常な農業生
産を上げるか、方法などを話し合い、トキを極力驚かせない方法
などについて検討し合いました。たとえば、トキがその農家の
近くに巣を作った時は、出来るだけその樹木を切らない様に頼
んだり、餌場となる周囲の田畑には農薬を蒔かない様に頼んだ
り、作業時にも出来るだけトキに近づか無い様になど。冬には
田んぼに水をはるように農家に頼み、水中動物の成長を守りな
がら、同時に人工的に餌を放出したりしました。トキの繁殖期
における餌の確保に力を入れたのです。
 この時期の野外における観察記録と経験が、後ほどの人工飼育
の研究や飼育作業に正確な判断と繁殖条件を整える基礎と成った
のです。1990年に入り、ヒナが度々巣の中から落ちることが多い
ことに気づきました。そして毎年、巣立ち後の雛の死亡や失踪が
多く出ていることも度々発生していることに気づきました。その
ためにトキの繁殖数や成長が非常に遅かったのだ。そこで国家
林業局の許可を得て、3羽のヒナを捕獲して洋県において人工
飼育に取りかかったのです。
 ケージは30平米の事務所から改造して使いました。この3羽
のヒナは野生トキの2個の巣から取り出したもので、飼育開始後
の2週間後のころ、野外のヒナがまた巣から墜落したので我々は
そのヒナを救助し保護しました。これで手元に4羽のヒナが集
まったわけです。野生のヒナには寄生虫や感染病の伝染がひど
く、ある寄生虫の専門家の協力を得てこの4羽のヒナに寄生虫
駆除用の薬品をほどこしました。ヒナの便からはピンク色の寄
生虫の幼虫が出たものです。このように我々は4羽の雛からス
タートし、わたし自身のトキ飼育、繁殖のご縁もこの様に始ま
ったわけです。そして丁度この頃、日本の国際協力事業団の協
力を得て、トキ保護救護センターの建設がはじまったのです。
 1991年の繁殖期に、野外観査スタッフがまた3羽のヒナを届
けてくれました。1羽目は怪我により身体不随があり、1週間
治療したが救助できませんでした。2羽目は視力障害を持って
いた。人工飼育により成長はしているが視力がありません。繁
殖も出来ませんでした。3羽目のヒナは、来たばかりのときは
衰弱していたが、人工飼育により、どんどん元気になり大きく
育ちました。
 それが前に、佐渡にきたフォンフォン(鳳鳳)です。
 つまり今の優々のおばあちゃんなのです。
 1992年元旦、3軒のケージが出来あがり、私たちは6羽の
トキに引越しをさせました。同じ年に野外では野生トキの巣が
蛇の襲撃に合い、2羽ヒナが死亡、1羽のメスヒナが傷を負い
ました。この日の深夜1時に私たちは山に入り、この首に怪我
を負った13日目のヒナを保護しました。すでに呼吸困難な状況
に陥っていたので、私たちは酸素ボンベを育雛器の中にいれ、
10日間の救助の末、健康を回復させることが出来ました。しかし
すぐに又、18日めのヒナが野外から届けられたのです。
親鳥が大きく驚いて巣をとび出した為、巣からはみ出して落
ちたのでした。わたし達に又新しいメンバーが増えたのでした。
 1993年、私は野外地から3個の卵を得ることができました。
そのうちの2個は野生の親トキが巣を飛び出し、放棄置き去り
にされたものでした。日本国際事業団が提供してくれた孵化
器に入れ2羽のトキが生まれました。そして人工飼育によって
成長したのです。野生卵の孵化とこの人工飼育の成功は私達に
大きな自信を残してくれました。
 このときの2羽のトキは共に雄鳥でした。2年後の1995年、
彼等は同時にそれぞれペアリングが出来、繁殖が開始されたの
です。この時点で私達には救助した野生のヒナと卵による孵化で
10羽のトキを確保できたのでした。この内、3羽は目や足の
悪いトキで、残りの7羽は順調に発育し、3つがいのペアが出来
5年間の年月を経て5対から9対に増加したのです。現在洋県
飼育センターでは合計78羽のトキが飼育されております。
このうち野生の幼鳥から大きくなったのが12羽、野生の卵か
ら孵化し人工飼育によって大きくなったトキが4羽、人工増殖
によるトキは64羽です。
   今年皆さんが体験したのと同じように、トキの誕生は人間に
大きな感動を与えてくれます。しかし時には大きな落胆をも残
します。たとえば誕生に向けて殻を破こうとする時、ましてや
もはや泣き声も聞こえている時にでさえ、生まれずに最後を遂
げる時があります。
 そして、人工条件下であろうと、野生条件下であろうと、
孵化したヒナが必ずしも100%生きる保証は無いのです。
時には生まれた後身体不随に、時には目が不自由に、そして
時には障害が伴うなどいろいろな事が発生するものなのです。
このほか、人工飼育での親鳥は卵を孵化させることは出来るが
育てられない事や、孵化まじかなヒナが親鳥につつかれて死ぬ
ことや踏み殺されること、巣からけり落とされることなども度々
有る問題です。私達は人工飼育を通して雛の成長を助けている
が、今後、野生への返還活動をどの様に進めるか、野生に返し
たときに野外において孵化させても育てることが出来ない場合、
野生への返還もまた大きな損失を伴うことになります。
 トキは一夫一婦性の鳥だといわれております。野生では、
ペアとなった後、長年にわたって頑固に配偶関係を保ちます。
しかし人工増殖でのトキは、ペアとなって1年或いは数年後には
夫婦不和の現象を見せ付け、喧嘩したり、一般的には雄鳥が雌鳥
をいじめるのですが、これにより卵が割られたりします。
この状態になるとペアを換えなければなりません。ペアにもより
ますが、繁殖期前後に非常に仲の良いペアでも非繁殖期には相手
にはまったく興味を示さず、独自で行動を取るもの。一年中仲が
良く、繁殖期にはさらに仲良くクククと呼び合うなど実にほほえ
ましい関係で、休憩時にもいつも羽をそろえ合い体を寄せ合うペ
アもいる。そして生涯においてペアを崩さないトキもいる。洋県
には継続3年をペアとして繁殖活動を続けているトキがおり、
1988年の時、私は近親関係から考え、繁殖期に彼等を離し、新し
い相手を調整したが、しばらく観察したらどうしてもペアリング
しないことを発見しました。それで元のペアに戻したところ3日
後には交尾をしその年の内に繁殖成果を出しました。
 洋県トキ飼育センターの向こう方には小さな山があり、一面が
林となっております。ここは野生トキの夜のねぐらとなっており
ます。ここには400軒ほどの農民民家がありますが2、3年前から
ここに1つがいのトキと数百羽の白サギが繁殖を続けております。
トキ飼育センターに近いことがある上、近くにはドジョウを飼育
する大きな池もあるある為、多くのサギはそのドジョウを食べに
池に入ります。そのため野生のトキもセンターの近くやケージの
屋根に飛んできます。しかし野生のトキは非常に気が小さいため、
池に入ってドジョウを食べる勇気が無いようです。近くまでくる
とセンター内のトキがいっせいにアーアーと呼び声をかけ、まる
で友達を呼んでるいる様に聞こえます。私にはセンターのトキは
「いいな、空高く飛べてうらやましいよ」と言えば野生のトキも
「籠の中がいいさ、毎日たくさんのドジョウが食えて、うらやま
しいよ」と言っているように思えます。もしも、もしも野生の自
然環境が壊されていなかったら、トキ達は自由に大空を飛び交い、
籠やケージなど必要ともしないのです。保護されているトキ達も
自分の力で空を飛べるのです。しかし今のところ、籠のトキにとっ
てはひとつの夢に過ぎないのです。
 昔から「夢あってこそ、実現する」と言われています。
 多くの人が言っている様に、ヨォヨォ、ヤンヤンが佐渡に来た
のは夢みたいだと。しかし彼らは二世をも誕生させ、私達に残し
てくれました。夢をひとつ,ひとつ実現させてみましょう。
 近い将来、佐渡にはもっともっと多くのヒナが誕生するに違い
ありません。洋県のトキもどんどん増えております。佐渡と洋県
のトキを互いに交換させることによって種々の交換を実現させ増
やしていきましょう。もちろん、わたし達一人一人が環境保護に
力を出し、自然の保護、改善に力を注ぎ、ついにはトキの野生へ
の返還を実現させたいものです。心から、このことが唯の夢に終
わらないことを望んでおります。
 あと10日で私は中国に帰らなければなりません。
 この6ヶ月間を振り返ると、ヨォヨォ、ヤンヤンと一緒に佐渡
について半年の間、現場のスタッフとして近辻先生や金子先生と
ともに研究し合い、大変楽しく心地良い協力体制を組むことが出
来ました。それは、私達の心の中に共通である「トキ」が生きて
いるからであっと私は思っております。この間、私自身とトキの
健康状態に対し日本中の多くの皆さんからあたたかいお言葉と励
ましを戴きました。日本の環境庁及び新潟県も大変綿密な計画や
準備、協力をしてくださいました。私には大変な感動を残してく
れました。ここに居られる在席の皆様からもいただきました。
どれほどの力を私に授けてくれたか言葉ではとても言いあらわす
事が出来ません。日夜ヨォヨォ、ヤンヤンの健康にはらはらし、
皆で気を揉んだ日々、二世の誕生のために過ごしたこの間の日々
は、きっと一生忘れられないと思います。
 この半年の間、日本の人々の親切が大変身にしみました。
 人によっては中国の食品すら届けてくれたり、小学生達は手紙
をくれたり、洋県保護センターにまで手紙や年賀状を送ってくれ
たりしました。もっとも感動したのは81歳になる佐藤先生が、
有る日大雪の中、自転車で駈けつけて私達に会いに来てくれまし
た。またある時には、乗り物を都合してバイクで私を尋ねてくれ
ました。トキの話をすればもっと元気で100年余りの年月の物語か
ら始まり一気に6時間も話しつづけたり、本当に私を驚かせまし
た。これで先生の頭の中はトキでいっぱいなんだなあと良く分か
りました。それから村本先生も度々洋県を訪れ、中国のトキ保護
に尽力されただけでなく、今回もまた石川県から佐渡に来られ私
やヨォヨォ、ヤンヤンに会いに来てくれました。宮崎の87歳の
年配の方が私に手紙を下さり、トキの生態環境について熱っぽく
語ってくれました。横浜のある女性はきちんと整理した新聞のファ
イルと彼女が書いた環境保護の文章を送ってくれました。日夜
キンちゃんに思いをはせ、その写真と羽根を所望しました。それ
で近辻先生が写真をとり送りました。また有る女性の手紙には、
トキ誕生の映像を見て、あの小さなお尻に感動して涙が止まら無
かったとも書いてありました。
 優々の誕生とその後の成長課程において多くの人から電話や手
紙を戴き、ご意見もありました。すべてがトキに対する関心の現
れだと思っております。それぞれ違う方法でそれらを表現したの
だと思っております。また共にトキと私達との共存の生態を考え
ていきましょう。トキの保護に対する道のりはまだまだ大変遠い
と思っております。しかし、私達みんなが努力すれば、「トキの
未来、明日」それはただの夢ではないと私は思っています。
 有難うございました。


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